ワークライフバランスってなに

最近仕事が大繁忙期に差し掛かった。とはいってもこの1-2週間で終わりが見えている。けれど辛いものは辛い。

夜、しんどいなーと天井を仰ぎ見ながら、業務量減ってくれーと願う。そしたらもっと丁寧にできたり、スムーズに進められるのに。

ただ実際は、既にかなり業務量調整されているのだ。数年前に起きた地獄を経て、課長たちが頑張ってほうぼうと調整し、一人当たりの案件が減るように努力してくれた。その結果、かつてよりは随分とマシになっている。

それでも今、私は「減らないかなー」と思っている。ちなみに今月の残業は、2/21時点で30時間くらい。この程度の数字であれば、いや全然じゃん、前段の話なんだったの、と思われるだろう。全く致死量ではない。それでも私は「減らないかなー」と思っている。

これが残業20時間になっても「減らないかなー」と思っている自信がある。

じゃあどこまで減らせば自分は満足するのだろう。減らせば減らすだけそれが普通になり、限界値が下がるのじゃなかろうか。または効率や生産性を考えなくなり、いつまで経っても残業ゼロにはならないのではないか。ワークライフバランスと言えば聞こえがいいが、とはいえ当然企業の経営目標は達成する必要があり、給料をもらう以上はそれを達成しなければならなくて、いつまでもジタバタと「業務量減らせ!」と言うのはワガママってもんじゃないのか。

まあ結論としては、残業30時間程度で暴れるのはワガママの域かなと思うし、そもそも私の業務が今地獄なのは、自分の采配ミスによる自業自得だし。

文章にして客観的に見ると、自分クズだなー。上手くこなせば余裕だったのに、能力が低いがゆえの苦しみを、誰かのせい(今回は業務量、またはこの業務量を良しとしている弊課)にしてるだけなんだな。

課長が「昔はもっと案件こなしてたのにな……まだ減らし足りないのか……でもそういう時代だもんね……」と溢していたらしい。ごめんな、課長。

ワークライフバランスは確かに大事。でも気をつけないと、ただ自分の権利を主張するだけになっちゃうんだな、と思った。もっと給料上げろ!もそうで、じゃあ給料上げてもらえるだけの成果を出してるのか?ってのをもう少しよく考えないといけない。

 

備忘録

 ふだん、自分は常にぼうっとしながら生きている、と思っている。けれど本当はなにかしらを考えながら、ひとつずつ選択し、多少なりの美学を持って生きているはずである。はずである、というよりは、そうであると信じたい。

 けれどどうしたって人間の「忘却」という性質は切り離せないものである。これによって私は過去の「うわっちょっと思い出したくないかも……」を記憶の彼方に追いやることもできるのだし、逆に「ふむふむ世界とはもしやこういうものなのかもしれない」というささやかな発見を失い、己はぼうっとした人間であるという認識に落ち着いてしまう事態にも陥っている。

 なので備忘録を始めることにした。未来の自分へ「おまえ、実はこんなことを考えながら生きてたんだぜ」という励ましを贈るために。ともすると黒歴史にもなり得るけれど、それを判断するのは未来の私なので、今を生きる私はとりあえず脳みそから思考を取り出し、ちょっとばかり成形しつつ、記録をとることにする。

 まずは、この投稿が、最初で最後のものにならないことを切に祈る。今のところ、その可能性はかなり大きい。